元大林組監督がAI会社を作った理由。建設業をITの草刈り場にしない
「高いシステムを入れたのに、誰も使っていない」。ある建設会社の経営者からそう聞かされたのは、私がSUMITSUBO AIを立ち上げてまもない頃のことでした。導入費用は数百万円、年間保守料は別途。現場の職人に操作を教えようとしたが、UIが複雑すぎて定着しなかったと言う。この話を聞いて、私が会社を作った理由を改めて確信しました。建設業界には、現場を知らない人間が作ったツールが、驚くほど流通しているという現実です。
IT企業にとって建設業は「美味しい市場」だった
今、多くのITベンチャーが建設業界に参入しています。彼らの言い方はいつも似ています。「アナログな業界をDXしてあげましょう」。私はこのフレーズを聞くたびに、違和感を覚えてきました。「してあげましょう」という言葉の裏に、現場への敬意が感じられないからです。
彼らが提供するのは、たいていパッケージソフトです。現場の実際のフローを無視したまま設計され、職人のITリテラシーを考慮しない複雑な画面が並ぶ。そして、それらに支払われるのは「言い値」の高額な利用料です。現場の利益率はただでさえ薄い。その薄い利益を、汗をかかない人たちが構造的に吸い上げていく仕組みになっている。元現場監督として、建設会社の経営者として、私はこの構造が許せませんでした。
建設業界がIT企業に「美味しい市場」として映る理由は明確です。デジタル化が遅れているため参入余地が大きく、比較検討する知識を持つ発注者が少ない。さらに、一度導入したシステムはなかなか切り替えられないため、長期間にわたって利用料を回収できる。これはベンチャーにとって理想的なビジネスモデルですが、建設会社にとっては一方的に搾取される構造です。
現場を守れるのは、現場を知る人間だけだという気づき
大林組で現場監督をしていた頃、私は「道具は使う人間に合っていなければ意味がない」ということを体で覚えました。どれだけ性能の高い機械でも、現場の段取りに合わなければ邪魔になる。それと同じことがデジタルツールにも言えます。
「誰かが良いものを作ってくれるだろう」と待ち続けることもできました。しかし、建設業界のDX支援を名乗る会社の大半が、現場経験を持たないエンジニアで構成されている現状を見るうちに、待つことへの疑問が強まっていきました。現場を知らない人間が、現場のために本当に機能するものを作れるか。答えは、私の経験上「きわめて難しい」です。
そこで辿り着いた考えが、「私たち建設業の人間が、AIという武器を自ら握ること」でした。東京大学松尾研究室を巻き込み、自社で開発体制を整えたのはその考えを実行するためです。外注するのではなく、自分たちで作る。それが唯一、現場に本当に使えるものを生み出せる道だと判断しました。
「現場のプロが作った」ことで何が変わるか
現場経験のある人間がツール開発に関わると、何が変わるか。一番大きいのは「捨てる判断」ができることです。機能として実装できても、現場の手順に合わなければ入れない。操作に3ステップかかるなら、1ステップに削る。この判断は、現場を経験していないと感覚的に下しにくいものです。
反対に、現場を知っているからこそ陥りやすい落とし穴もあります。「自分の経験が正解」と思い込んで、現場ごとの違いを見落とすことです。大林組での経験は確かに財産ですが、それはあくまで私が経験した現場の話に過ぎない。だからSUMITSUBO AIでは、ツールを導入する前に必ず実際の現場フローをヒアリングする工程を設けています。開発側の思い込みを防ぐための、意識的な仕組みです。
- 提案してきた企業に、建設現場の実務経験者がいるか
- 現場の実際のフローをヒアリングする工程が提案に含まれているか
- 導入後のサポート体制と、切り替え時のコストが明示されているか
SUMITSUBO AIが目指す、たった一つのこと
私たちの存在意義を一言で言えば、「建設会社がITに使われるのではなく、ITを使いこなす状態を作ること」です。高い利用料を払いながら現場では使われていないシステム、導入担当者だけが操作できて職人には浸透しないアプリ、そういった状況を繰り返させないための会社として動いています。
「現場を知らないエンジニアには、1行もコードを書かせない」——これはSUMITSUBO AI社内での合言葉です。
建設業界のDXは、外部のIT企業に任せるのではなく、業界の内側から設計されなければ機能しません。それが私の結論であり、この会社を作った理由です。「高いシステムを入れて失敗した」という経験は、決して珍しくありません。ただ、その失敗から「デジタルは現場に合わない」という誤った結論を引き出すのは、もったいないことです。問題はデジタルそのものではなく、現場を知らない人間が作ったデジタルツールにあります。
現場の利益を守るための道具として、AIを使いこなす建設会社が増えること。それが私が会社を作ったたった一つの理由であり、これからも変わらない軸です。