建設会社の社長がAIベンチャーを作った理由。「現場の怒り」が原点だった
「建設会社が、なぜわざわざITベンチャーを?」。この問いを、私はこれまで何十回と受けてきました。名刺を渡すたびに、相手の顔に浮かぶ小さな疑問符が見える気がします。三栄工業の代表でありながら、SUMITSUBO AIという名のAI開発会社の代表でもある私は、その都度同じことを思います。これは片手間でも、流行りへの便乗でもない。建設業界への怒りと危機感が、すべての出発点にあると。
使えないツールが現場に降りてくる構造
ここ数年、建設DXという言葉とともに、多くのIT企業が建設業界に参入してきました。施工管理アプリ、図面共有ツール、AIを冠したサービスが次々と登場し、カタログは華やかです。しかし実際に現場で何が起きているかを、少し正直に書かせてください。
地下ピットでの作業中、クラウド連携のアプリが電波不良でフリーズする。安全衛生書類の入力画面は、軍手を外しても押せないほどボタンが小さい。チャット機能のAIに「根切り」「墨出し」と打ち込んでも、意味を取り違えた返答が返ってくる。これらは誇張ではなく、私が自社の現場や取引先の職人から直接聞いた話です。
問題の本質は、ツールの出来不出来だけにあるのではないと私は考えています。現場を知らない人間が、現場向けと称するものを作っているという構造的な断絶こそが根にあります。そして職人が汗水垂らして稼いだ利益の一部が、毎月その「使えないツール」の利用料として出ていく。現場で感じたのは怒りに近い感覚でした。
大林組の現場と震災復旧が教えてくれたこと
私のキャリアは大林組での施工管理から始まりました。ゼネコンの現場監督として叩き込まれたのは、段取りの精度と、職人との信頼関係の作り方です。図面を読む速さよりも、職人が「この監督なら任せられる」と思える瞬間を積み重ねることの方が、工期と品質の両方に効いてくると体で覚えました。
その後、震災復旧の現場に関わる機会がありました。インフラが壊れた地域で、夜を問わず道路や建物を復旧する職人たちの仕事を間近で見たとき、「この人たちの技術と経験が社会を支えている」という実感が改めて腹に落ちました。その経験が、後にAI開発を考えるときの基準になっています。
職人の仕事は、再現性のある知識と、長年かけて培った勘の両方で成り立っています。前者はデータとして残せる可能性がある。後者は、ベテランが引退するとともに失われていく。この問題を、現場を知らないエンジニアだけで解こうとしても、的外れなものができあがるだけです。
- 使われないDXツールへの費用が毎月出続ける
- ベテランの暗黙知がデータ化されないまま失われる
なぜ「自分たちで作る」しかなかったのか
既存のツールに不満があるなら、要望を出して改善してもらえばいい。最初はそう考えていました。しかし現実は違いました。IT企業のロードマップは、建設業の声だけで動くわけではありません。ユーザー数が多い機能から優先され、現場の細かい要件は後回しになります。
そこで気づいたのは、ITエンジニアは現場を知らず、現場の人間はコードを書けないという断絶が、簡単には埋まらないという事実です。この構造を外から変えることは難しい。ならば、現場の経験を持つ人間が開発の側に立つしかないと判断しました。
東大松尾研究室のエンジニアと組んだのも、この文脈からです。現場側の知識と、高度な技術力を持つ開発側。この両者が同じ目的のもとで動けば、「IT屋が作ったソフト」とは別のものができると考えました。もちろん、そこまでの過程は試行錯誤の連続でした。現場用語ひとつ取っても、業種や地域によってニュアンスが異なります。そのすり合わせに時間がかかることは、当初の想定を超えていました。
- 現場の文脈に即したUI設計ができる
- 「使われない機能」を事前に判断できる
- 職人の信頼を得やすく、現場検証が進む
- 技術的な判断をエンジニアと対等に議論するには学習コストがかかる
- 現場感覚と開発スケジュールのギャップで摩擦が生じる
- 業種・地域ごとの違いを吸収しきれないケースがある
SUMITSUBO AIが目指している場所
私たちが作りたいのは、「効率化ツール」という言葉の先にあるものです。職人が事務作業のために残業する時間をなくし、ベテランの技術を若手が参照できる形で残す。それが実現すれば、職人は本来の仕事であるものづくりに集中できます。
建設業の担い手不足が叫ばれる中、業界全体が人を引き止める力を失いつつあります。その一因が、「仕事以外のことに時間を取られすぎる環境」にあると私は見ています。AIを使って書類作成の負担を減らし、技術継承の仕組みを整えることは、採用や定着にも影響します。単なる生産性向上にとどまらない話です。
経営者として、そして現場を歩いてきた人間として言えるのは、技術は使う人間の文脈に合わせて作られて初めて意味を持つということです。ヘルメットをかぶった人間が設計に関わったかどうかは、ツールを使う側にはすぐわかります。SUMITSUBO AIが目指しているのは、その違いを正直に示し続けることです。
「同じヘルメットを被った仲間が作った武器」――それが、私たちが提供したいものの本質です。
まとめ。怒りを設計思想に変えるということ
建設会社の代表がAI開発に踏み込んだのは、業界への愛着と同時に、現状への強い違和感があったからです。現場の声が届かない構造、使われないまま費用だけかかるツール、失われていくベテランの技術。これらは、業界の外から解決できる問題ではないと判断しました。
大林組での経験、震災復旧で見た職人の仕事、そして三栄工業での現場経営。その積み重ねがなければ、東大松尾研と組んでAI開発に挑むという選択肢は生まれなかったと思います。怒りは、正しく向けると設計思想になります。その信念が、SUMITSUBO AIを動かし続けています。